安保研究者の梁山泊―佐竹知彦主任研究官が語る防衛研究所の任務と魅力(中編)

安保研究者の梁山泊―佐竹知彦主任研究官が語る防衛研究所の任務と魅力(中編)

シリーズ「政策起業家Retrospect & Prospect」第4回

前編に引き続き、中編では、研究と政策の接続という観点で、防衛省防衛政策局国際政策課部員としてのご経験、現在の御所属である政策シミュレーション室のお話を伺います。

前編はこちらからご覧ください。

防衛省内局での兼務
―大臣スピーチ執筆と対ASEAN安保協力の最前線で

--2013年に防衛研究所の研究者でありつつ、防衛省防衛政策局国際政策課に配属されています。当時のお仕事で、特に印象深かったものをお話いただけますか。

何と言っても、2013年のシャングリラ会合(イギリス戦略国際問題研究所(IISS)が主催する会議、正式名称はIISSアジア安全保障会議)における大臣スピーチの作成です。国際政策課に配属された防研研究者によるスピーチ作成は私の前任者の時代から始まった試みで、研究者ならではの視点が求められました。

与えられたテーマは「国益と紛争」。単なる政策の羅列や一方的な自己主張ではなく、国際社会のオーディエンスに響くメッセージ性の強いものを作りたいとの想いがあり、GWの連休をほぼ潰し、国際秩序論などに関する関連書籍を読み漁って基本的なコンセプトを確立しました。スピーチの文言作成は、同僚の研究者や当時の所長、それに外部の研究者仲間にも助言を頂き、英語版は、防研在籍中の海外からの客員研究員の方にネイティブ・チェックも受けました。

結果、スピーチの評判は日本政府からも諸外国の研究者からも上々で、豪州の著名な研究者が現地紙のop-edで大臣スピーチを評価してくれたこともありました。家族には申し訳ないと思いつつ、連休を潰した甲斐があったと思います。

もう一つの大きな仕事が、拡大ASEAN国防相会議(ADMM+)の専門家ワーキンググループ(以下EWG)関連の業務でした。当時、日本とラオスが共同議長国として、人道支援・災害救援(以下HA/DR)活動のEWGを運営する際、この中身をチームで立案し、防衛省・自衛隊内で調整することが当時のミッションでした。

この時の大きなヤマは、日本とASEAN諸国間のHA/DRの標準作業手続(SOP)の作成です。私は諸外国の制度や運用を調べつつ、防衛政策局の側からコンセプト・ペーパーを作成し、自衛隊(統合幕僚監部)との調整も担当しました。最終的にモデルとして主に参考にしたのが、当時の米国太平洋軍のSOPであったため、この取組みは、米国とASEAN諸国のHA/DR協力を円滑化するという意味で、米国側からも好評であったようです。

当時は月1~2回の頻度でASEANに出張し、各国との文言調整などに奔走しました。逆にラオス軍の一行を仙台の「みちのくアラート」という災害救援訓練にアテンドしたこともあります。こうした仕事は、研究者の仕事とはほぼ無関係のようにも見えますが、ラオス軍人や同行した自衛官の方々との会話を通じ、後でお話する「防衛外交(防衛協力、交流)」の生の現場を知りえたのは、今でも貴重な財産です。

第2回ADMM+での各国国防大臣の記念写真
出典:防衛省HPより(https://www.mod.go.jp/j/approach/exchange/dialogue/j-asean/admm/admmplus_2.html
ASEAN諸国とのHA/DRについての机上演習の光景
(提供:佐竹 知彦 氏)

政策シミュレーションという仕事
―想定外を想定し、政策を支援する―

--その後、政策シミュレーション室でのお仕事をなされていますが、「政策シミュレーション」の意義と、日々のお仕事の内容を教えてください。

政策シミュレーションの意義は、私の上長である高橋杉雄 政策研究シミュレーション室長の言葉を踏まえて説明させて頂きます。

このノウハウが重要なのは、世界が複雑化し、「正しい答え」どころか、「正しい問い」が何かそれ自体が簡単に導き出せなくなっている現在、様々な状況を想定してブレインストーミングを行う必要性が高まっている、からです。研究者が事前に用意した資料を発表し、質疑応答するというスタイルに留まらない、ダイナミックな環境下で、”想定外を想定する(think unthinkable)”ために、これほど適した手段は他にありません。実際、シミュレーションを行う過程で今までには思いもつかなかった発想や想定が出てくることもしばしばあります。

具体的な業務としては、年に数回行われる、幹部自衛官向けの一般課程(佐官級)政策シミュレーション研修に加え、高級課程(将官級)シミュレーション研究、(防衛省のキャリア組事務官を対象にした)3年目研修でのシミュレーション研究をそれぞれ1回ずつ行なっています。またこれ以外にも、不定期で実務家や研究者を呼んで、特定のテーマに関する政策シミュレーションを行っています。

更に、昨年からは防衛省内局への政策支援プロジェクトというものがキックオフしたのですが、その一環として、政策シミュレーション室で日ASEAN・HA/DR机上演習(TTX)のシナリオ作成と演習の進行を行いました(動画1分21秒頃から2分46秒頃まで)。

平成31年 第2回HA/DRに関する日ASEAN招へいプログラム の動画
(出典:防衛省公式 YouTube Channel)

この演習は国際政策課時代に策定に関わったADMM+におけるHA/DR SOPのフォローアップの側面もあり、実際にASEAN各国軍の佐官級の方々をお招きして、策定されたSOPも活用した対処演習を行いました。こうした政策支援プロジェクトの取組みは、防研としてもまだ手探りではありますが、防研がより政策志向な機能を高めていく一つのきっかけかもしれません。

研究と実務の境界線で
—見えてきた研究者のアイデンティティー

--一連の仕事の中で、研究者としての専門性・バッググラウンドを持ちながら、政策過程に関与した経験を踏まえ、研究者の「強み」と「弱み」を教えてください。

特に国際政策課時代の経験に絞ってお話すると、「半官僚・半研究者」の立ち位置で、プロパーの事務官の方と同じ類の仕事をしていたことも多いです。ただ振り返ると思考法・立ち振る舞いの点で研究者と事務官では異なっていたかもしれません。

プロパーの事務官の方は、行政として常に状況に対処せねばならず、日々の業務量が膨大です。また各部局のセクショナリズムに基づく利害関係を背負わざるを得ない場合も多々あります。個々人で戦略的観点を持つ方は沢山居ますが、こうした状況下では、組織人として意識的にそれを体現できる方は多数派ではありません。

その意味で、プロパーの方々の論理から一歩離れ、長期的・大局的な視点から日本の国益や戦略を捉えて関係各位に説明・調整することは、研究者として期待されたことであり、強みだったと思います。例えば自衛隊の各幕僚監部(各幕)に多国間演習への参加をお願いする際も、その演習がなぜ重要か、論理的かつ戦略的観点から説明しなくてはなりません。その際に研究者の知見や立場を有効に活用できたと思いました。

特に、この研究者としての強みが如実にあらわれるのが、情報発信の局面です。日本の大局的な国益は何か、世界や地域諸国から何が求められ、いかなるメッセージがオーディエンスに響くかなどの「勘どころ」は、特定の課題や地域の変化に絶えず目配せできる研究者こそ持ちうるものだと感じますし、対外的な政策広報の領域で、研究者が果たすことのできる重要な機能と思います。

逆に研究者の弱みと感じたのは、政策当局独特の論理や意思決定のメカニズムに疎いことですかね。成果物を決裁するプロセス・タイミングや、決裁ラインに誰を入れるのかといった大小ある機微は、役所経験の長い事務官の方の助けを必要とします。当時私は、たまたま優秀な方がサポートしてくれたので助かりましたが、その方がいなければもっと大変だったと思います。

 

長期的・大局的な視点から日本の国益や戦略を捉えて関係各位に説明・調整することは、研究者として期待されたことであり、強みだったと思います。 (・・・) 特に、この研究者としての強みが如実にあらわれるのが、情報発信の局面です。

--ここまでお話された「研究と実務の境界」の中で、感じた「やりがい」や「フラストレーション」、そして実務に触れる中で研究者として得られたフィードバックがあれば教えてください。

実務と研究の違いの一つは、結果がすぐに出るか出ないかということです。防衛省内局ではスピーチ・ライティングに限らず、自分の企画や担当したことがすぐに形になるので、その分やりがいを感じることもできます。またチームワークが多いので、お互いの足りない部分を補いながら仕事ができる。逆に研究の場合は論文を書いてもすぐには評価が見えにくく、また共同研究でない限り基本的に孤独な営みなので、精神的にはタフな部分も多いです。

フラストレーションはそこまで感じませんでしたが、強いて言えば、属人的な要素に政策が影響を受けるのを目の当たりにした時でしょうか。「正論」で物事が動かないのは百も承知ですが、ある意味で「正論」を導き出すのが研究者の仕事でもあるので、理想と現実のギャップにフラストレーションを感じることはありました。

ただ、私はそもそも1年間勉強をするつもりで内局に行ったので、研究者として自分の主張を通すというよりは、できるだけ謙虚に色々な人の話を聞き、極力実務に携わる方々の考え方を吸収することに努めました。時には、各幕の方との飲み会を企画し、酒を飲み交わしながら仕事の進め方について、議論をしたこともあります。

総じて、内局での勤務を通じて、より政策志向の研究に関心を持つようになったことは事実です。またそこで培った実務家の方々とのネットワークは、研究を進める上でも貴重な財産です。他方で、実務家やそれに近い勤務を通じて、改めて研究者としての自分のアイデンティティーを確認するきっかけにもなりました。その意味でも、国際政策課時代の経験は、自分にとって極めて有益だったと思っています。


-ありがとうございました。後編では佐竹先生ご自身のご専門である「防衛外交」というトピックを一つの切り口にしつつ、変わりゆく日本の安全保障環境の中におけるシンクタンクと研究者の使命についてお話頂きます。

(聞き手・編集:瀬戸崇志)

佐竹主任研究官には2019年9月9日開催の『政策起業力シンポジウム2019』での個別分科会B『新領域/フロンティアの外交・安全保障-研究と政策を繋ぐこれからの研究者の役割-』にご登壇頂きます。詳細はこちらをご覧ください。(お申し込み締め切りは、9月6日金曜日までです)。

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