安保研究者の梁山泊―佐竹知彦主任研究官が語る防衛研究所の任務と魅力(後編)

安保研究者の梁山泊―佐竹知彦主任研究官が語る防衛研究所の任務と魅力(後編)

シリーズ「政策起業家Retrospect & Prospect」第4回

後編では佐竹先生ご自身のご専門である「防衛外交」というトピックを一つの切り口にしつつ、変わりゆく日本の安全保障環境の中におけるシンクタンクと研究者の役割についてお話頂きます。

前編はこちらからご覧ください。

中編はこちらからご覧ください。

防衛外交の時代に—シンクタンクと研究者の役割とは何か―

--国際政策課勤務を経た頃から、先生の研究テーマとして「防衛外交」というフレーズがしばしば登場します。この概念の意義や問題意識について、お話頂けますか。

出典:防衛省HPより(https://www.mod.go.jp/j/publication/book/pamphlet/pdf/cap_build_j.pdf

「防衛外交」は、人的・物的を含む「防衛アセットの外交的活用」を意味する語です。 (・・・) 交流や協力をどう外交・戦略的に活用していくかという点に、防衛外交の核心があります。

「防衛外交」は、人的・物的を含む「防衛アセットの外交的活用」を意味する語です。従来使われてきた「防衛交流」や「防衛協力」に相当すると考えられる概念ですが、交流や協力をどう外交・戦略的に活用していくかという点に、防衛外交の核心があります。この言葉の意味については、以前防研に在籍されていた鶴岡路人・現慶大准教授の書かれた素晴らしいコラムがありますので、そちらを参照してください。

米中間の緊張が高まっているとはいえ、現在の世界で核兵器の使用を含む国家間の大規模な紛争は依然として考えにくい状況にあります。むしろ、平時とも有事ともつかない「グレーゾーン」での攻防や、他国に自国の意図を正確に伝える「戦略的コミュニケーション」の重要性が高まっています。また中国の一帯一路政策などに見られるような、既存の秩序の塗り替えとも取れる動きとそれに対する反発が強まる中で、現代の国際関係はいわば「秩序をめぐる競争」の様相を呈しています。平時における防衛外交や協力を戦略的に活用することは、日本にとって望ましい国際秩序を達成していくための一つの有力な手段となっていると言えます。

こうした「防衛外交」への私自身の関心が高まったのは、ご指摘の通り2013年に防衛省国際政策課(国政課)で兼務をした時でした。当時、国政課では防衛交流に関する案件が急速に増えていました。私が担当していた多国間の安全保障協力でも、多国間会議や多国間演習がほぼ毎月のように開催されていました。その反面、当時の防衛省の予算と人員では増え続ける案件に対応するのが手一杯で、全体を貫く戦略的発想や、地域ごとのアプローチの必要性を実感しました。国政課を離れた後、笹川平和財団の主催する「民間防衛外交研究会」に参加する機会を頂きました。研究会では、外国人を含め防衛外交の一線で活躍する実務家の方々のお話を聞く機会にも恵まれ、「防衛外交」についてより深く考える貴重な機会となりました。

--日本がこれまで展開してきた、防衛外交の具体例を教えてください。

例として、私の専門である日豪の安保協力が挙げられます。両国の協力は今日「準同盟」と呼ばれるまで発展しましたが、その基盤となっていたのは、1990年代から続く両国の地道な防衛交流でした。両国は冷戦終焉直後から政策当局者間の対話や自衛隊とオーストラリア軍の相互訪問、親善訓練等を通じて交流を深め、その結果、2000年代には対テロやPKO、人道支援・災害救援活動等を通じて実務的な協力を深めることになります。今日の両国の協力も、こうした地道な防衛交流なしには実現し得なかったでしょう。これは、防衛外交が戦略的に機能した好例と言えます。

能力構築支援(キャパシティ・ビルディング、自国の能力を活用して他国の能力支援を行うこと、以下キャパビル)も重要な防衛外交の一つです。しばしば「対中バランシング」と捉えられがちなこの政策ですが、実際には中国に対して直接的に対抗するというよりも、中国の台頭がもたらす様々なインパクトにも耐えうる「強靭」な地域を作るという点にその意義があると思います。そこに、日本が独自のノウハウを生かし、役割を果たす余地があるのではないかと考えています。

--国政課で「実務家」として、そして現在も「研究者」として、「防衛外交」に取り組んできた佐竹先生が感じる、この分野の課題とはいったいなんでしょうか。

多国間安全保障対話から各国へのキャパビルまで、戦略的な部分で事業が非常に拡大する一方、どうやって各事業を整理統合すればいいのか分からない、という声が現場からは聞こえてきます。それをやるためにも、日本にとって何が必要で何が必要ではないのかということをきちんと体系立てて説明できねばならないなと思います。恐らくNSS(国家安全保障局)なんかは、そういう知的な営みを日々行っているはずなのですが、十分定着しているとは言えません。

キャパビルなどの案件と地域を俯瞰的に見て頂くと分かるのですが、一見バラバラに行っているようにも見え、戦略的な実施をより説得力のある形で見せていく必要があります。基本的に相手国のニーズに合わせてやっている分もあるので仕方無い部分はありますが、より日本にとってどのような意義を持つのかという点も踏まえ、整理統合していかなければという気がします。

私がとある別のシンクタンクで参加しているプロジェクトは、まさにそうした試みを行っていました。例えば、地域ごとに日本にとっての重要性などを数値化して、そこに資源をつぎ込んで、といった戦略の立案ですね。少ない資源や自分の強みを活かし、より戦略的な営みとして、防衛外交を今後も続けていかなければならない。その意味で「防衛外交」は「新規開拓期」を超え、現在は「成熟期」に入ったという感じがします。

--そうした状況を踏まえて、今後日本の国際政治・安全保障研究者に求められるスキルや役割は何だとお考えでしょうか。

難しい問題ですし、私ごときが偉そうに言える立場でもありませんが、問題の因果関係を推論し、それを適切なデータを用いて実証するという研究者の役割は、昔も今も変わらないと思います。ただシンクタンクの研究者にはそれに加え、政策志向の研究や課題解決に向けた提言を求められます。いわば「基礎研究」を踏まえた「応用研究」こそが、シンクタンクの果たすべき役割であり、そうした役割に対する需要は年々高まっていることを実感しています。

安全保障研究の場合、これまで「自明」とされてきた諸々の前提が崩れ去る中で、世界の秩序を維持するためには何が必要なのか、そしてそこにおいて日本が果たすべき役割は何かという問題を、歴史や理論を踏まえつつ、大局的な観点から考え、対外的にも発信する必要があると思います。

その役割は、定見のある政府の実務家だけに任せればいいものでもないでしょう。自国の立場のみを一方的に主張する「プロパガンダ」トークは相手に響かないどころか、しばしば逆効果ですらあります。日本の国益を意識しつつ、他方それを国際社会の中で一定程度相対化して捉える視点が、政策シンクタンクの研究者には求められるのではないでしょうか。

 

(キャリアの) 選択肢の一つとしての防研について申し上げると、各地域情勢や分野に精通した専門家や実務家が数多く集う、安全保障問題に関する日本最大のシンクタンクです。特に安保研究の道を志す若手研究者にとって、防研は「梁山泊」とも言える存在になりつつあります

これからの防衛研究所、これからの若手安保研究者達へ―

--防衛研究所のシンクタンクとしての課題と展望をお聞かせいただけますか。

あくまで私個人の意見ですが、シンクタンクとしての防研の役割の一つとして、「公共の安全保障空間」の醸成が挙げられます。平和安保法制をめぐる議論を通じて、「ガラパゴス化」した日本の安保論議に強い危機感を覚えました。安保法制に限らず、日本の安全保障論議は憲法の解釈をめぐる「神学論争」に膨大な時間と労力を費やしてきた結果、国際情勢や国益を踏まえた真に戦略的な議論は、一部の限られた実務家や専門家の手に委ねられてきたように思います。こうした閉ざされた安保空間を開放し、国の内外の人々が日本の安全保障により関心を持ち、オープンに議論できる空間を作ること。そこに、これからの防研の役割があるように思います。

防研は、政策研究大学院大学や大阪大学大学院と連携し、安全保障問題に関するパブリック・フォーラムを毎年開催しています。またHP上で公開される「NIDSコメンタリー」や「ブリーフィング・メモ」を通じて、タイムリーな話題に対する研究者独自の視点を積極的に発信しています。すでに述べたように、諸外国の研究機関との交流も活発に行われています。こうした努力を今後も続ける必要があり、そのためには、防研自体が「自由で開かれたシンクタンク」でなくてはならないと考えます。

--今後、研究者としての軸足を持ちつつ、研究と政策・社会をつなぐ研究者を目指す人々に何かしらメッセージをいただければ幸いです。

もう随分と前から言われていることですが、良い大学を出て大企業に就職すれば一生安泰という日本の雇用モデルは過去のものとなりつつあります。様々な経験やキャリアを通じて「個」の力を磨き、それを社会に還元していく志を持つ人にとって、シンクタンクはとてもやりがいを感じられる職場の一つだと思います。

数ある選択肢の一つとしての防研について申し上げると、各地域情勢や分野に精通した専門家や実務家が数多く集う、安全保障問題に関する日本最大のシンクタンクです。特に安保研究の道を志す若手研究者にとって、防研は「梁山泊」とも言える存在になりつつあります。私自身、後から入ってきた優秀な若手研究者との議論や勉強会等を通じて、多くのことを学ばせてもらっています。是非その一員となり、シンクタンクとしての防研を盛り立てて頂ければと思います。


―ありがとうございました。

(聞き手・編集:瀬戸崇志)

佐竹主任研究官には2019年9月9日開催の『政策起業力シンポジウム2019』での個別分科会B『新領域/フロンティアの外交・安全保障-研究と政策を繋ぐこれからの研究者の役割-』にご登壇頂きます。詳細はこちらをご覧ください。(お申し込み締め切りは、9月6日金曜日までです)。

政策起業家Retrospect&Prospectカテゴリの最新記事