国際政治学者たちの米中競争—佐橋亮 東大准教授が語る研究者と政策過程(後編)

国際政治学者たちの米中競争—佐橋亮 東大准教授が語る研究者と政策過程(後編)

シリーズ「政策起業家Retrospect & Prospect」第5回

後編では米中競争を軸とした中編から視点を変え、ワシントンでの日本のプレゼンスの現状、社会科学分野における研究者の社会への向き合い方、最後に研究者の若手時代のキャリアという3つのテーマにつきお話を伺いました。

前編はこちらからご覧ください。

中編はこちらからご覧ください。

2019年の「ワシントンの中のアジアと日本」

-佐橋先生は日米の政策対話等にも造詣が深いと伺っています。ケント・E・カルダーは、かつてワシントンでの日本のプレゼンスに警鐘を鳴らしましたが、今般の状況は如何でしょうか?

まず今から十数年前は明らかにワシントンで日本の地盤は沈下していました。日米議員交流等も少なく交流の予算も乏しい、また殆どのシンクタンクで日本関係のポストもないといった具合で、日本政府は官僚機構のパイプは維持していましたが、それ以外は非常に弱くなっているのは様々な数値からして明白でした。同時に中国政府等がワシントンで凄まじい勢いで資金を注入し影響力を拡大していることを、かつて危機感を覚えていました。

しかし2019年現在は、当時を知る身からは状況は相当に好転したと思います。ワシントンの全ての主要研究機関に日本担当の専門家がいて、日本に対する関心自体も広がってきたとは思います。背景には、幸運にもオバマ政権が表立って東アジアに注目し始めたことがあるでしょう。日本でも民主党政権の後期から安倍政権にかけてアメリカとの同盟関係を一層強化してきたので、余計にワシントンで日本に対する関心が高まりました。議員交流も、特に日本からアメリカに行く方向はかなり増えています。

多くの人の努力で日米交流は色々な意味で変わったし、「ワシントンの中での日本」っていうものも相当変わったという風に思います。

研究者の存在感という点でも、今般は日米共同で様々な提言を書く、共同事業を行うといったプロジェクトが増しているのは良い傾向ですね。例えば、私も参加している「アジア戦略イニシアチブ(ASI)」という笹川平和財団の事業があります。かつての「アーミテージ・ナイ レポート」の若手版の枠組みを作ろうという取組みで、米アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所のザック・クーパーさんと法政大学の森聡さんを共同座長に、日米で同数の研究者が参画し共同で政策提言等を行っています。

そもそも日米は戦後70年、非常に関係性が強いだけでなく価値観がすごく似ているので、発信や交流もゼロからつくる必要性はなく、関係性を非常につくりやすいわけです。多くの人の努力で日米交流は色々な意味で変わったし、「ワシントンの中での日本」っていうものも相当変わったという風に思います。

-それでは、今後さらに日本がワシントンの中でプレゼンスを高めることを考えたとき、課題と感じるような部分はありますか。

まず議員交流については、アメリカ連邦議員はスケジュール上外遊がし辛いこともあり、アメリカから日本に来る議員はそこまで増えていないのが今後の課題と思います。

また、ワシントンに赴く日本人研究者の絶対数が少なく、属性も多様性に乏しいのではないかと感じます。常に一握りの分野の有名な方(usual suspects)ばかりになりがちで、より多様な分野、かつジェンダーもバックグラウンドも多様な方に参画して貰いたいですね。ワシントンでは日本人はとにかく官僚・政府系の方ばかりで、官のポストは山のようにありますが、それ以外のルートはいきなりポストが減りますので、その辺りも課題だと感じます。

研究者と社会―大学人としての学術研究と、研究者の社会貢献 ―

-2019年9月9日にご登壇されたシンポジウムでは、研究者が自らの研究成果を社会に還元していく中で、「良い分析」と「良い提言」が重要とおっしゃっていました。この点について、何か日々意識、工夫、留意されている点はありますでしょうか。

1つ目は、世界に対しシニシズム(冷笑主義:cynicism)に陥らないことです。日本人は専門家でも専門家でなくても、「世界とは結局こんなもんだよ」とすぐシニシズムに陥る傾向にありますが、それだと物事が建設的に前進しない。それは分析でも提言でもありません。プロフェッショナリズムとシニシズムは全く異なるものと理解しなければなりません。

2つ目は、常に「世界が良くなるためには何が必要だろう」というのを常に考えることだと思います。自分自身の価値観を反映させるかはさておき、世界が少しでも平和となり、繁栄を謳歌できるためには専門的な知として一体何が必要なのかをどこかで考えておいて欲しい。人権の理念とか、自由主義社会とか、民主主義を守るためにはどうしたらいいかと、最近私自身はよく考えるのですが、突き詰めればそれは、世界はどうすれば良くなるのかを意識した上で仕事をしていることなのだと思います。

-研究者倫理として、「研究者は、実社会の利益や貢献を追い求めるべきではない」との見方もあります。大学に属する社会科学者として、学術研究への貢献を保ちながら、他方で象牙の塔の論理にとらわれ過ぎず、研究の成果を社会に還元する―この簡単には両立しない使命をどう両立させているのでしょうか。

究極的には私自身は大学の研究者です。東京大学の附置研究所である東京大学東洋文化研究所にいる以上は、学術界の最前線で成果を出し続けなくてはならないという使命があることも自覚しています。だから徹底的に、学術研究の価値を最も理解し日々追い求めなければいけないし、私の研究もその多くは、政策志向な応用研究ではなく、基礎研究なわけです。

私は、研究者が「社会のお役に立ちたい」という素朴な心を持った上で、自らの専門性を上手く社会に役立てていくことにはもう少し積極的であっていいと思う。 (…)喩えるなら、 政治家や官僚が世界を、物語を動かす「煌びやかな主役」 ならば、研究者は 「最高の助演」であるべきだと思います。

究極的には私自身は大学の研究者です。東京大学の附置研究所である東京大学東洋文化研究所にいる以上は、学術界の最前線で成果を出し続けなくてはならないという使命があることも自覚しています。だから徹底的に、学術研究の価値を最も理解し日々追い求めなければいけないし、私の研究もその多くは、政策志向な応用研究ではなく、基礎研究なわけです。

例えば米中関係史や国際秩序論をやっていますが、殆どの人にはそれだけ見たら何の意味があるか分からない。学術研究である以上直接は社会貢献に結び付かないし、政策ニーズをくみ取る必要性はないと思っています。学術研究は学術研究として完結した世界なので、それを離れてはならず、同時にそのことを忘れてはいけないと思います。だから学術研究自体と社会的な価値のバランスという問いがそもそも妥当なものではないと思います。

一方で、私は学者が象牙の塔に引きこもっていいかというとそうは思わない。私は、研究者が「社会のお役に立ちたい」という素朴な心を持った上で、自らの専門性を上手く社会に役立てていくことにはもう少し積極的であっていいと思う。

喩えるなら、政治家や官僚が世界を、物語を動かす「煌びやかな主役」とすれば、研究者というのは「最高の助演」であるべきだと思います。社会科学は、その成果自体が政策や世界を大きく動かしはしない。ただ何か問題に直面した際の判断材料を増やす、そうやって社会を少しでも見晴らし良くする役割をする存在であるべきです。私たち研究者は、そのための特殊な技能とか知見・知恵を持っており、それを極めた存在だからです。ただそれは、あくまでも自分自身の価値を学術の世界で高めた上で成り立つことなのだから、その矜持を持ち、一線を引く必要はあると思います。

若手研究者へのメッセージ―長い若手時代で、貪欲に「個」を磨け―

-それでは最後に研究者としての軸足を持ちつつ、「社会のお役に立ちたい」というマインドを持った若手研究者・研究者志望の学生に、メッセージを頂ければと思います。

ここまで述べたように、研究者としてしっかりと「学術をやりなさい」ということは前提に、まず研究者として「入り口」として、博士論文の完成をきちんと意識してほしいと思います。博士論文の完成に向けての努力は自分自身を高め、その後活躍していく上での大きな自信と土台になる。

また、一つのテーマを突き詰める博士論文の話と矛盾するようですが、「若いうちは何でも頑張れ」ということです。特に研究者のキャリアパスは、金銭面や業界での地位などの面で、20代から30代にかけ、物凄く苦労します。正直私自身も尊厳を持って仕事できるようになるまで相当長い時間がかかりました。東京大学では私のような40代前半の研究者ですらまだ「若手」ですが、況や20代の頃なんて、知識の蓄積もお金も無い、博士論文もなかなか進まない。本当にストレスフルで辛い訳です。

研究者はそれでも、最後まで個人商店主で、「個」の存在です。長い長い丁稚奉公の期間がありながら、組織が必ずしも守ってくれる訳ではない。(つらいときは家族や先生、友人など周りに相談してください。)だからそのことを自覚して、筋力トレーニングのように、どんなに疲れていても毎日1本でも英語論文を読むとか、耳学問でもいいから授業含めて色々な話を聞くとか、一つ一つの努力を大切にしてください。そのときは乗り越える壁が次から次へとやってきて、プライドを保つのも難しいこと沢山経験するかもしれませんが、いつかは様々な要素が結びついて、研究も人間関係も充実するときがやってきます。その先を見据え、適当に息を抜きながら頑張って貰いたいと思います。


-ありがとうございました。

(聞き手:山本貴智・平井拓磨  / 編集:瀬戸崇志)


 

佐橋准教授には2019年9月9日に開催した『政策起業力シンポジウム2019』での個別分科会B『新領域/フロンティアの外交・安全保障-研究と政策を繋ぐこれからの研究者の役割-』にご登壇頂きました。分科会の詳細と動画についてはこちらをご覧ください。

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