政策起業家としての政治家2.0 (前編) ―菅原直敏 神奈川県議が語る、ソーシャルワーカーとしての地方議員―

政策起業家としての政治家2.0 (前編) ―菅原直敏 神奈川県議が語る、ソーシャルワーカーとしての地方議員―

シリーズ「政策起業家Retrospect & Prospect」第6回

シリーズ「政策起業家Retrospect&Prospect」では、日本社会で、政策にかかわるプロフェッショナルについてお話しを伺いながら、令和日本の政策・社会課題解決と、政策人材のキャリアをとりまく課題と展望を読者の皆さんと一緒に考えていきます。

連載第6回目の今回は、菅原直敏 神奈川県議会議員にお話を伺います。菅原神奈川県議は、現在神奈川県議を務める傍ら、ソーシャルワーカーとして介護・福祉の課題解決に尽力されてきたほか、2018年からは一般社団法人Publitech代表理事や株式会社Public dots & Company取締役も務め、共生社会を実現する上でのテクノロジーと公共を巡る問題にも取り組んでこられました。また2019年11月より、福島県磐梯町CDO(最高デジタル責任者)にも就任されています。磐梯町CDOは、日本の自治体に全国で初めて設置されたCDO(最高デジタル責任者)です。

プロフィール

菅原直敏 神奈川県議会議員/一般社団法人Publitech代表理事 /株式会社Public dots & Company取締役

1978年神奈川県生まれ。上智大学法学部卒業後、2003年に大和市議会議員選挙で初当選(~2007年)。2007年に神奈川県議会議員選挙で初当選、以後現職。神奈川県議を務める傍ら、株式会社Public dots & Company取締役及び一般社団法人Publitech代表理事を務め、それぞれの事業に従事している。
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「職業」地方議員から、ソーシャルワーカーの「機能」としての議員へ

—まず、地方議員という政治の世界を志した経緯をお聞かせください。

私の人生は、大学まではごく普通の学生であったと思います。ただ、本来であれば四年制大学を出た後に就職をするのが一般的だったのですが、私はその選択肢を選びませんでした。勤め人である両親の背中を見て、毎日サラリーマンとして、満員電車に揺られる生活が、当時の自分の性には合わないように感じてしまったし、その暮らしの中で「自分が、自分らしく生きる」イメージを持てなかった。この当時の問題意識は、後程お話する「誰もが自分らしく生きる共生社会」を目指すという点につながってきます。

24歳の時に神奈川県の公務員として勤めていた父から「来年(神奈川)地方議員選挙に出馬できるぞ」と伝えられました。普通だったら冗談として受け流すところ、私はその言葉を真剣に受け止めていました。

それというのも、例えば当時の大和市議会議員選挙では、現職議員の平均年齢が60歳で20~30代の議員がおらず、40代の議員が1人しかいないという状況でした。これでは住民の意思が十分に反映されないのではないかとの問題意識もあり、元々の私が漠然と「世の中を、社会を変えていきたい」という想いを心の中に抱いていたこともあったので、いきなり県議会はハードルが高いが、まず市議会に挑戦してみようと思いました。結果としては初立候補で全国最年少トップ当選を果たしました。これが地方議員・政治家としてのキャリアのスタート地点です。

―地方議員としての華々しいスタートから、現在のようなキャリアに至るまでには、一体どのような問題意識の変遷があったのでしょうか。

当選後、市議会の限界の中で何かが変えられないと感じた私は、次にステージを県議会議員に移して、その後は選挙で敗れてはしまいますが、国政にも挑戦することになります。そのように政治の世界で過ごすうちに、「何かを変えたい」という想いを持って入り政治の世界に足を踏み入れた私も、政治の世界の難しさと、議員としての限界に直面します。

何よりも多くの政治家が「当選」が自己目的化してしまい、地方でも国政でも、議会政治過程の中で社会課題を解決する意識が薄れがちです。卑近ですが、神奈川県は受動喫煙防止条例を制定しています。それにもかかわらず、県議会の中に喫煙場所を作り、自分たちの議会の中に例外的に喫煙室を作り、市民団体等から廃止の嘆願が来ても取り合わない。

また後で述べるように、私は地方議会制度自体が制度疲労を起こしていることに問題意識を抱いていた中で、全国の議会を隈なく調べた上で「議会改革に関する50の提案」として神奈川県議会で提起しました。この提案は、その後マニュフェスト大賞を受賞し、政策への感度の高い他自治体の議員の方の目にも留まり議会改革で生かされていく訳ですが、当時の神奈川県レベルでは議会内政治の様々な事情もあり全く相手にして貰えませんでした。

このように、地方政治過程、特に県議会レベルの大議会の中は、政治的なしがらみの中でどうしても閉塞感が漂ってしまいます。勿論自分自身も、議員を続けている中で「当選が自己目的化しているのではないか」と思うことが幾度もありました。

―議員として籍を置くだけでは、社会課題解決が出来ないと感じたということですね。

そうです。同時に若さだけでもダメで、特定の政策分野に関する専門性を持つことが重要です。先ほどお話した議会改革に関する提言も、全国の議会の丹念な調査を経て他の自治体での議会改革という政策形成に影響を与えられた一例といえるでしょう。

ただ専門性の重要性を私が何よりも実感したのは、介護・医療・福祉を含む、広義の意味での「ソーシャルワーク」の世界です。当選から暫くは「若さ」という強みを使えますが、ライフワークとなる本当の意味でのスペシャリティは無いと問題意識感じていました。そこで「50の提案」を出した後は、フルタイムのソーシャルワーカーとして介護事業所で働きつつ、大和市議としての活動を展開する。

また35歳から、介護福祉士・社会福祉士・精神保健福祉士・保育士という4つの国家資格を取ると心に決め、大学院での研究も含め5年間で達成するという目標を立てて突き進みました。これが、私が介護・福祉の分野とのパラレルキャリアを歩むにようになった経緯です。

—ご自身のパラレルなキャリアというのが、政策・社会課題解決に活かされた局面はどのようなときだったのでしょうか。

私自身のパラレルキャリアが最も活きたという瞬間は、津久井やまゆり園での施設襲撃・大量殺人事件があった時でした。「共生社会」の名のもと、どの会派も大規模施設を建て替えるとの知事の提言に賛成していました。

しかし、私はその分野を意識的に勉強していたので、大規模施設ではなく分散型で地域移行していくというのが国の計画の中にも入っていることを知っており、たった1人で知事に反対しました。大規模施設に賛成している議員の方々も悪気はないのですが、この分野における世の中のトレンドを知らないため、課題設定の前提が違っていました。そのうち、障碍者団体の人たちも違うと声を上げてくれ、翌年に知事も大規模施設建て替えの方針を転換してくれました。

―専門性を持って、議会の中でアジェンダ・セッティングをしていける強みでしょうか。

はい。それと同時に、専門性を深めていきながら行動をしていくと、次第に「議会はあくまでツールの一つ」という認識の下で、社会課題解決に向き合う道が拓けるということです。この点を言語化できたのも、やはり「ソーシャルワーク」という概念・専門を、自身の中で深堀していったことによります。

「ソーシャルワーク」という言葉は、日本だと介護・福祉分野の、しかも現場レベルでの活動という「狭義」の概念でのイメージが強い。しかし社会福祉士としての勉強を進めていくと、広義の意味でのソーシャルワークの本質は「社会変革」を含むものです。この定義に照らすと、私の本質は「議員」ではなく「ソーシャルワーカー」—社会関係資本としてのヒト・モノ・カネを使って社会変革を迫り、実現していくこと、様々な「職業」は、議員ですら、その機能に過ぎないのだと気づいたときに、一気にブレークスルーが起きました。

私の本質は「議員」ではなく「ソーシャルワーカー」—社会関係資本としてのヒト・モノ・カネを使って社会変革を迫り、実現していくこと、様々な「職業」は、議員ですら、その機能に過ぎないのだと気づいたときに、一気にブレークスルーが起きました。

振り返れば、例えば介護職員専業の時に認知症の問題—特に認知症患者の家族が集まれるプラットフォームが無いことが大きな動きとなりました。行政もその設置に向けて動かなかったため、事業としての「認知症カフェ」という場を立ち上げる小さなソーシャルイノベーションを起こしました。これは議員としての立場と関係無く起こせたものです。

また神奈川県議会では潰れてしまった「50の提案」も、議会内政治ではなく「マニフェスト大賞」というコンテストを通じて、感度の高い他の自治体の議員の目に触れ、アイデアが政策・社会課題解決に影響を与えた事例といえます。

後程お話しますが、地方行政の特徴は、たとえ小さな自治体でも一つモデルとなる取組みができると横展開と模倣がとても速いことです。日本全国にある千以上の自治体にアプローチをする必要は全くなく、良い政策をどこかで実装され、波及していきます。

大きく制度を変えるには、確かに立法者—地方では議会内の議員の意識を変えていく必要があるのですが、昔と違い、このプロセスの中で民間が現場の知見を持って果たす役割は大きい。そして質の高い政策案を作りうるのであれば、議員であるか否か、もっと言えば官でやるか民でやるかの相違はアプローチの違いでしかないと、私は考えています。


―ありがとうございました。中編となる次回は、Publitechをはじめとしたテクノロジーの社会実装における取り組みと共生社会の実現という哲学、また地方自治体との通訳者としての役割について、お話を伺います。

(聞き手・編集:21世紀日本の政策起業力プロジェクト事務局)

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